また心理学の文献では,集中力,すなわち“注意”にも言及されることがある。もし針がなめらかに動く最近の時計ではなく,昔のアナログ時計を持っていたら,何が起こっているか見てみてほしい。そろそろかと思ってもなかなか針が動かず,故障かと思った直後にまた針が動き始めたように感じた経験はないだろうか。これが“クロノスタシス”である。時間が止まっているような錯覚だ。最初はうまくいかなくても,何度か見ているうちにうまくいくようになる。この錯覚についてはこれまで「世界は時計を見るたびにぶれたりするものではない,一貫したものであるというイメージをつくるために,私たちが目を動かすたび,脳が瞬間的に視界を抑制するから起こる」と説明されてきた。その結果,人生が途切れなく進む映画のようにみえるのだ。この一瞬の抑制された視界を埋め合わせるため,部屋にあるほとんどの物体が静止していると思いこむのは筋がとおっている。アナログ時計の針の動きが,私たちの脳をだましているのだ。少なくともそれがこの現象を説明する理屈だ。この説明の問題点は,同じような錯覚が他の感覚でも起こるということだ。同様の現象は,電話の発信音が断続的なビープ音である国で起こる。タイミングによって,音が途切れている時間がとても長く感じ,電話が壊れているのではないかと感じるときがある。
クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.43
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