政府の方針では,将来大いに発展させるべき研究分野のひとつに「生命科学」があげられている。しかし政府の「科学技術立国」の目標にかなう(とみなされる)のは,言うまでもなく,現在流行の学問分野,分子生物学,分子遺伝学なのであり,生命科学一般が政府の研究資金を獲得できるわけではない。くりかえすが,「競争的研究資金」の「競争」の勝者は,あらかじめ決まっている。
このように現在,潤沢な(あるいは潤沢すぎる)研究費を得た分子生物学者たちは,元来は落ち着いて各々の独自の研究課題の推敲に邁進すればよいはずである。しかし現実の学問は甘いものではなく,真に独創的で,研究分野にブレークスルーをもたらすような研究は,長い年月をかけてやっと達成されるのである。
しかし,研究資金を研究者に配分する新しい主人(政府)は,悠長にブレークスルーの成就を待ってくれない。ある研究期間に(インパクトファクターで皮相的に評価される)成果が出せなければ,その研究者は無能と判断され,研究資金獲得の道を絶たれる。
杉 晴夫 (2014). 論文捏造はなぜ起きたのか? 光文社 pp.88-89
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