1939年に,ハーヴァード大学の心理学者ゴードン・オールポート(白髪で威厳のある,正真正銘の過激派)がアメリカ心理学会の会長に就任したときは,まさにラットの天下だった。オールポートは,ジョン・B・ワトソンを支持する情熱的な行動主義心理学者がやってきて,挑戦的に質問してきたときのことを回想している。その男は,実験対象としてラットを使った明らかにできない心理学的な問題をひとつ挙げてみろ,と迫ってきたのだった。そのとき,オールポートはあまりにも面食らったので,例を考えつくのにしばらく時間がかかってしまった。ようやく,それもためらいがちに,「読書障害?」と言うにとどまったという。
オールポートは,客観的な科学を実践するのに,ラットを用いた研究が「すばらしく適している」ことを十分認めていた。けれども客観的であることが真実であるとは限らない,とも付け加えた。人間の行動が物理学や化学のような「無機的な」方法で扱えるとは,彼にはどうも納得できなかった。人間は非常に複雑なのに,ラットを用いた研究に依存すると,人間を単純化しかねない。「人はなぜクラヴィコード[中世の鍵盤楽器]や大聖堂を作り,なぜ本を書き,なぜミッキーマウスを見てゲラゲラ笑うのか」と,オールポートは会長演説で述べた。「ラット研究はそれを説明できるだろうか?」
デボラ・ブラム 藤澤隆史・藤澤玲子(訳) (2014). 愛を科学で測った男 白楊社 pp.98-99
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