ハリーの研究(あるいはそのタイミング)ほど,ジョン・ボウルビーの主張にぴったりの研究があったろうか?ボウルビーは精神医学や人間行動について主唱するお偉方とは距離を置いて,動物行動学者たちとの会話に多くの時間を費やすようになっていた。その最たる人がコンラート・ローレンツで,後に「刷り込み」——鳥のヒナによる母親への熱烈で本能的な愛着——の研究でノーベル賞を得ることになる。ローレンツは,小さなヒナが最初に見た「母親」に忠誠を捧げることを示した。だから,研究対象だったハイイロガンのヒナが卵を破って出てくるそのときに,ローレンツはヒナをじっと見つめていたので,「母親」になることができたのだった。言うまでもなく,人間の行動と完全に符合するわけではない。当然ながら,ボウルビーの批判者が感心するはずもなかった。「ガンの分析をして何の役に立つ?」と英国精神医学会のボウルビーの同僚のひとりは言った。
しかし,もしローレンツの研究をもっと真剣に検討したなら,そこには無力な赤ちゃんをうまく保護者に結びつけようとする自然の意図が十全に現れていることに気づくはずだ。ガンの場合,愛着は生まれつき備わっているらしい。人間の関係はもっと柔軟で,だからこそもっと難しいのだが,基本的な点は同じだとボウルビーは主張した。母親が重要なのだ。赤ちゃんは母親を必要とする。生まれつき母親が必要なのだ。そんなとき,もっと人間に近い動物を使って実験をおこなったハリー・ハーロウが現れた。ハリーの研究は,まさに同じことを伝えていた。母親は食物を与えるだけの役割だとか,どんな母親でも子どもを癒せるという考え方は,ウィスコンシン大学の実験によって一掃された。ハリーの出した結論は,好むと好まざるとに関わらず,無視できないものだった。
デボラ・ブラム 藤澤隆史・藤澤玲子(訳) (2014). 愛を科学で測った男 白楊社 pp.222-223
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