同居は経済的で危険も少ない,と気軽に突入したのに,気がつくと,数カ月も数年も抜け出せなくなっている,という20代は珍しくありません。最初の年は金利ゼロというクレジットカードにサインするのに似ています。12カ月後,金利は23パーセントに跳ね上がり,身動きがとれなくなった気分になります。支払い額は完済するにはあまりに高すぎ,ほかの低利息のカードにすぐには移行できそうにありません。同棲もまさにそういうものなのです。行動経済学において,それは顧客ロックインと呼ばれています。顧客の固定化,囲い込み戦略です。
いったん何かに投資をした顧客は,ロックインによって,ほかの選択肢を探したり,切り替えたりするチャンスが減少します。最初の投資,つまり段取り費用は,多額の場合も少額の場合もあります。いわば入会金や,オンラインの口座を作る手数料,車の分割払いの頭金です。段取り費用が大きくなればなるほど,わたしたちはほかのもっとよいもの,進歩したものに移ることが少なくなるようです。しかし最小限の投資でも,とくに切り替え費用を知ると,ロックインに至る可能性もあります。
切り替え費用——それにともなう時間,お金,努力——は,さらに複雑です。わたしたちが何かに投資をする時,切り替え費用に関しては将来のこととして推測する程度で,軽視しがちです。あとで新しいクレジットカードを取得すればいいとか,その折は賃貸契約を解除すればいいと,簡単に考えがちです。問題は,その折が来ない時,切り替え費用ははるかに大きくなる点です。
同棲には,段取り費用と切り替え費用の負担がかかっています。両者はロックインの基本的構成要素です。同居は楽しみでもあり,経済的でもあるでしょう。そして段取り費用はひそかに繰り入れられています。互いの古い家具に囲まれた生活のあと,カップルは素敵なワンベッドルームの家賃を,楽しく折半します。Wi-Fiやペットをシェアし,新しい家具の買い物も楽しいでしょう。あとで別れる際に,この段取り費用は問題になるのですが。
メグ・ジェイ 小西敦子(訳) (2014). 人生は20代で決まる:TEDの名スピーカーが贈る「仕事・結婚・将来設計」講義 早川書房 pp.147-148
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