関心が自分にしかおよばず,ひとの権利や欲求に注意が向かないタイプと,人を搾取することを常習的に繰り返し,災いをなすようなタイプを比べれば,そこに自己愛的な傾向を加えるにしろ,後者のほうはまぎれもなく攻撃的で,それが両者をわかつちがいとして存在する。つまり,人を利用することに巧みで,対人関係を操るエゴイストは,たんなる自己陶酔におぼれている人間ではなく,こうしたタイプもまた潜在的攻撃性パーソナリティの持ち主にほかならないのだ。
潜在的攻撃性パーソナリティには犯罪者のようなタイプは皆無に近い。とはいえ,人の権利や要求をないがしろにするその良心はあまりにもゆがんでいる。人を支配し,他人を出し抜くことに必死でありながら,その行為が犯罪一歩手前,攻撃もあからさまではないということで責任を負うことから免れているだけに,このタイプには「反社会的」というレッテルを貼りたくなる。
ジョージ・サイモン (2014). 他人を支配したがる人たち 草思社 pp.66-67
PR