ほんの数週間前にラーソンは,法律家にして心理学者のウィリアム・モールトン・マーストンが著した『生理学に基づく嘘の判定可能性について』という題の論文を読んだばかりだった。マーストンはハーヴァード大学にあるフーゴー・ミュンスターバークの有名な情動研究室で実験をおこない,どの学生が作り話を語り,どの学生が正直に話しているか見分ける方法を発見した。話が山場になったとき,被験者の血圧がどれくらい上昇するかをはかるだけでいい。これを読んだラーソンはこう考えた。この方法は,警察の尋問という汚れ仕事にも使えるのではないか?
しかし,熟練の生理学者であるラーソンは,マーストンの方法に改善の余地があるのに気づき,まず検査手順に大幅な変更を加えた。マーストンは被験者が作り話を語っているときに血圧を断続的に測定したが,ラーソンは被験者がひとつひとつの質問に答えているあいだじゅう,血圧を連続的に測定することにした。研究室の技師の手を借りて作った装置は,被験者の最高血圧と呼吸の深度を測定し,そのデータをカーボン紙のロールに絶えず記録できる仕組みになっていた。この装置はマーストンの加圧帯を使った方法と異なり,水銀血圧計の変化のみを記録するものであって,血圧の数値そのものを記録する機能はなかった。だが,装置が自動化されているために,測定結果が実験者の主観によって左右される可能性を最小限に抑えられるという大きな利点があった。これなら,「可能なかぎり個人的要因を排除する」という科学的方法の原則を満たすことができる。思い込みから実験者が誤った判断をくだしかねない場合,この利点は非常に大きな意味を持つ。
とはいえ,ラーソンの方法はけっして新しいものではなかった。半世紀以上も前から,生理学者たちはこの手の自動記録装置を使い,人間の肌の下で起きている身体変化を測定してきた。体内の反応と被験者の感情との関係を探った学者もいた。すでに1858年には,フランスの生理学者エティエンヌ—ジュール・マレーが,血圧と呼吸と心拍の変化を同時に測定できる装置を開発し,被験者が不快感を覚えたり耳障りな音を聞いたり「ストレス」を感じたりしたときの反応を調べている。19世紀後半には,アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズが,情動とは刺激の認知によって引き起こされる身体の変化であると定義している。ラーソンは,体に表れる感情から,嘘をついたときの徴候も,読みとれるのではないかと考えたにすぎない。
ケン・オールダー 青木 創(訳) (2008). 嘘発見器よ永遠なれ:「正義の機械」に取り憑かれた人々 早川書房 pp.39-40
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