これは科学のみならず,正義の問題でもあった。司法システムは医療と同じく,被験者を個別に扱うよう求めている。腸チフスの患者の90パーセントが死ぬとわかっていても,医者は患者ひとりひとりに生き抜く力があると考えなければならない。それと同じで,たとえ10パーセントの確率でも,無実の人間を誤って犯罪者としてしまう可能性があるのなら,嘘発見器で有罪かどうかを決めてはならない。アドルフ・マイヤーのもとで研鑽を積んだとき,ラーソンは人間がだれしも同じではなく,それぞれが自然の実験装置であると教えられた。「われわれはこれまでも誤りを犯しましたし,きっとこれからも犯しつづけるでしょう」とヴォルマーへの手紙に書いている。嘘発見器も陪審団に誤った情報を伝えてしまうかもしれず,誤審を招きかねなかった。
ケン・オールダー 青木 創(訳) (2008). 嘘発見器よ永遠なれ:「正義の機械」に取り憑かれた人々 早川書房 pp.192-193
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