筆跡鑑定士は法廷ではじめて「専門家」という輝かしい称号で呼ばれた証人であり——それはルネサンス期にさかのぼる——嘘発見器の研究者を含め,のちの法科学者の原型になった。どんな法科学者も,人間の身体活動は特定の痕跡を残すという考えを基本的な前提にしている。たとえば,筆跡鑑定士によれば,文字の書き方には書き手の性格がはっきり表れる(性格[キャラクター]ということばは,刻印に用いる先のとがった棒を意味するギリシャ語が語源である)。やがてこの癖は——先天的なものであれ後天的なものであれ——体に深く染み込み,完全に隠したりまねしたりするのは不可能になる。実際,近代初期の筆跡鑑定士たちは,この深く染み込んだ癖こそ文章の偽造を防ぐ最良の武器であると忠告していた。つまり筆跡鑑定士は,逆説的な言い方になるが,書き手の無意識の癖に頼って,最も意識的な行動であるはずの署名を本物かどうか確認するのである。これはポリグラフの検査技師が,無意識の生理的反応によって,意図的に発したことばの真偽を見極めるのとよく似ている。
ケン・オールダー 青木 創(訳) (2008). 嘘発見器よ永遠なれ:「正義の機械」に取り憑かれた人々 早川書房 pp.203
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