イーストマンはフロイトがなぜそんなにアメリカを毛嫌いするのか尋ねてみた。フロイトの本を訳したことのあるA.A.ブリルは,1909年の訪米の際にあまり歓迎されていないとフロイトが感じていたと言っている。
「アメリカが嫌いかどうかですか。アメリカが嫌いなわけではありません……残念に思っているのです」とフロイトはイーストマンに言い,頭を後ろにもたげて面白そうに笑った。「コロンブスが見つけなければよかったのにと後悔しているのです」
イーストマンはフロイトとともに笑ったが,これは「むしろ彼をそそのかした」ジャーナリストとしていい手であった。フロイトは続けて,アメリカはうまく行かなかった1つの実験であると言った。
「どんなふうにうまくいかなかったのですか」イーストマンが尋ねた。
「それは上品ぶったところ,偽善,国家的な独立心の欠如とか」
イーストマンはそれに対して若者たちはもっと気概のあるところを見せていると反論した。
「ほとんどはユダヤ人の間でのことではないですか」フロイトが言った。
「ユダヤ人が上品さや偽善を免れているとはとてもいえませんよ」とイーストマンが答えた。
それに対して,フロイトは返答をせずに,話題を変えた。
フロイトは行動主義の創始者であるジョン・ワトソンの名前を試すようなこともした。「ひょっとするとあなたは行動主義者なのですか。あなた方のジョン・B・ワトソンによれば,意識さえ存在しないそうです。でもそれはおかしいでしょう。意識はきわめて明白に存在しているのです。どこにでも,おそらくアメリカ以外なら」
デヴィッド・コーエン 高砂美樹(訳) (2014). フロイトの脱出 みすず書房 pp.106-107
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