60歳代では,体力も気力も充実しています。社会的にも一定の立場になっている方が多く,50歳代のころよりもむしろ自信があるくらいで,引退前後の時期は非常に充実しているともいえます。
ところが,70歳代になると,体力の低下を本格的に感じはじめ,今までできていたことができなくなってきます。人生ではじめて「できない私」に直面し,自分の衰えに不安を感じる人もいます。いよいよ老いが迫ってきたことを感じます。
老いる自分をどうコントロールできるのかわからず,悩む方もいらっしゃいます。死についての意識が高まってくる方もいます。体の変化が起こり,様々な悩みや葛藤が起こるという点で,思春期のように悩みの深い時期と私は感じています。
「できる自分」を取り戻そうとしてたいへん頑張る人もいますが,それでもなかなか「できる自分」は取り戻せません。SOC(補償を伴う選択的最適化)のような方略で,別のやり方を考案して補っていき,「できない自分」を減らしていこうとする方もいます。70歳代の時期をどう乗り切るかは,とても大きな課題だろうと思います。
そうした悩みと葛藤の中で,ある程度の体の状態を維持し,心理的にも老いとの折り合いを付けていき,80歳を迎えます。
そこから先は,10年,20年と時間をかけて老年的超越が高まっていく時期になります。できないことに対するこだわりはなくなって,「できないんだったら,できないでいいじゃないの」という気持ちになり,「まだ自分にはこんなことができる」「あんなこともできる」と,できる自分を再発見して,ポジティブな気持ちが生まれる状態になっていくようです。
これまでの研究からは特段の努力をしなくても,加齢とともに,自然に穏やかなポジティブな心理状態になっていき,ありのままに自分の人生を受け止められるようになると考えられます。
増井幸恵 (2014). 話が長くなるお年寄りには理由がある:「老年的超越」の心理学 PHP研究所 pp.176-178
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