ドナルド・ヘッブは遺伝性を評価,算定すること自体を疑った。彼は,遺伝と環境の相対的寄与の分量を区別する努力を,競技場の大きさを決定するのに,縦横の長さのどちらがより重要かを区別する無意味な努力にたとえた。このアナロジーは以後数えきれないほど繰り返されたが,あきらかに不適当なアナロジーと言うべきだろう。ある1つの競技場を例とすることでヘッブは,ある一個人への遺伝と環境の及ぼす影響を遺伝学者が区別しようとする,と暗ににおわせている。これは,実際無意味なことであろう。遺伝学者の関心の対象は,個人ではなく集団である。彼の疑問は,集団内での遺伝因子と環境因子の相対的影響についてである。それゆえヘッブの表現は,次のように別の言葉で言い直されるべきだ。「多数の長方形の競技場があるとしたら,大きさの違いを左右する影響力を持つのは,縦の長さと横幅のどちらなのか,そいてこの2つの要素のあいだには相互作用があるのか」と。これは分散分析という統計学の手法を使えば,たやすく答えられる問いであって,質問としては興味も意味もそれほど深くあるものではない。ただ,無意味で答えられない問いでないことは確かである。ヘッブと彼の追従者が発達の議論の基盤全体を完全に誤解することが可能だったという事実は,心理学者の研究課題のうちに,行動遺伝学が含まれるべきであるという必然性をはっきりと示すものであろう。
H・J・アイゼンク,L・ケイミン 齊藤和明(訳) (1985). 知能は測れるのか--IQ討論 筑摩書房 pp.104
(Eysenck, H. J. versus Kamin, L. (1981). Intelligence: The Battle for the Mind. London, Pan Mcmillan.)
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