何度も繰り返すようだが,ショック療法には共産主義時代の国の統制構造を壊すという狙いがあった。というのも,欧米諸国はこれを“腐敗”と考えていたからである。ところが意外なことに,急激な民営化によって腐敗は悪化してしまった。そもそもロシアの民営化のなかには,内部関係者が裏取引で国有企業を引き継ぎ,事業に投資することもなくただ資産を剥奪し,スイスの銀行口座の残高を増やしただけというお粗末な事例が多かったのである。わたしたちは実際に企業がどうなったのか知りたくて,旧東側24カ国の3550の企業経営者を対象にした調査データを詳しく調べた。すると,外資が入った民営化に成功例が多いことがわかった。チェコのフォルクスワーゲンとの提携のように,企業がうまく再編され,競争力がついて,結果的にその国の投資と雇用の促進に一役買うというケースである。一方,自国のノーメンクラトゥーラが国有企業を引き継いだだけだったロシアでは,期待されていたような民営化の成果は上がらなかった。いや,それどころか経済は悪化し,民営化以前よりも贈収賄や資産剥奪が増えた。結局のところ,急ぎすぎた民営化は経済の停滞を長引かせたばかりか悪化させたのであり,ショック療法を選択した国々の1人当たりGDPは民営化断行によって平均16パーセント落ち込んだと試算される[民営化以外の価格自由化,民主化等による影響を除いた試算]。今回の世界大不況の直撃を受けた国々と同程度の落ち込みである。
デヴィッド・スタックラー,サンジェイ・バス 橘 明美・臼井美子(訳) (2014). 経済政策で人は死ぬか?:公衆衛生学から見た不況対策 草思社 pp.77-78
PR