続いて巧妙な方法の反論も出てきた。わたしたちの論文掲載から2週間後のこと,ショック療法を支持していた英エコノミスト誌が論説で「間違いはあったが,それはロシアの改革が速すぎたことではなく,遅すぎたことだ」とし,わたしたちの研究結果を否定した。しかもこの論説の執筆者たちはデータを巧みに扱って,ロシアの“死亡危機”を消してみせた。5年移動平均をとることで(5年というのも効果を考えて選んでいる)1990年代の平均寿命の推移を平滑化し,極端な低下(つまり死亡率の急上昇)などなかったかのようにしてしまった。移動平均を意図的に使えばこうして簡単に嘘がつけるのだが,学生が期末論文でこんな手を使ったら学長に呼び出される。1930年代のスターリンはペンを走らせるだけで何百万人も死に追いやったが,英エコノミスト誌はマウスをクリックするだけで何百万人もの死者をよみがえらせた。
デヴィッド・スタックラー,サンジェイ・バス 橘 明美・臼井美子(訳) (2014). 経済政策で人は死ぬか?:公衆衛生学から見た不況対策 草思社 pp.83-84
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