一方,この状況で得をした人々もいた。保険会社である。2009年にアメリカの健康保険会社の上位5社は,合わせて122億ドルの利益を上げた。これはなんと前年比56パーセント増である。2009年には290万人が保険を失ったのだが,その同じ年に大手保険会社は56パーセントも利益を伸ばしていた。しかも利益の伸びは単年度にとどまらず,2010年9月までに平均でさらに41パーセント伸び,大不況のなかにありながら,保険業界の過去最高記録を更新した。この利益増は保険会社の営業努力によるものではなく,一部の人々の犠牲の上に成り立った“濡れ手に粟”のもうけである。保険料をつり上げたり条件を厳しくしたりして,自社にとって得にならない顧客を「パージング」したことで,保険料の支払いが減り,利益が増えたのである。保険業界では,かつては加入者の多さが成功の鍵とされていたが,それはもう過去のものとなった。ウェルポイント社のCEOアンジェラ・ブレイリーなどは2008年にこう言い切った。「加入者を増やすために利益を犠牲にすることはない」
金持ちはますます金持ちになり,病人はますます追い詰められて症状が悪化する——これが大不況期にアメリカの医療が置かれていた状況だった。
デヴィッド・スタックラー,サンジェイ・バス 橘 明美・臼井美子(訳) (2014). 経済政策で人は死ぬか?:公衆衛生学から見た不況対策 草思社 pp.178-179
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