これに対し,他の多くの先進国の医療制度はもっと経済危機に強いものだった。カナダ,日本,オーストラリア,そしてほとんどのヨーロッパ諸国は,医療を市場任せにするのではなく,国による国民皆保険制度を土台にしてきた。これらの国々では,医療分野では市場原理がうまく働かず,「さかさま医療ケアの法則」という罠にはまる危険性があることを承知していた。
そうした国々とアメリカとの違いは,今回の大不況でも大きな差となって表れた。アメリカでは何百万人もの人々が医療を受けにくい,あるいは受けられない状態に陥ったが,イギリス,カナダ,フランス,ドイツなどでは,医者に行くのを控えたり,予防医療を受けるのをやめたりした人はずっと少なかった。これらの国々では医療は市場財ではなく人権の1つと考えられていて,職や収入を失っても受けられる医療サービスにはあまり影響がなかったからである。つまり,経済が打撃を受けても,国民が「破産か健康か」という選択を迫られるようなことはなかった。
デヴィッド・スタックラー,サンジェイ・バス 橘 明美・臼井美子(訳) (2014). 経済政策で人は死ぬか?:公衆衛生学から見た不況対策 草思社 pp.182
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