この相反する2つの政策——財政刺激策か財政緊縮策か——のどちらをとるかという選択は,イギリス以外のヨーロッパ諸国でもそれぞれに葛藤を生んだ。結果から言えば,ECBやIMFからの圧力を受けて厳しい緊縮政策を推し進めてきた国では,住宅危機による健康被害もひどかったことが明らかになっている。そして最も深刻な被害を受けたのは,やはり社会的弱者であるホームレスや障害者だった。
典型的な例がギリシャである。ギリシャはIMFの緊縮プログラムに従い,ヨーロッパでも最大規模の住宅支援予算削減を強いられた。その結果,ホームレス人口が25パーセント増加し,アテネの下町に路上生活者があふれて薬物が横行し,HIV感染者が急増した。また,2010年7月と8月にはウエストナイルウイルスも蔓延したが,これはヨーロッパでは1996年と1997年のルーマニア以来の大規模なものだった。
ヨーロッパでも国によって統計のとり方が異なるので,ホームレス人口を単純に比較することはできない。しかしながら,事実上,住宅支援予算を削減した国ではいずれもホームレス人口が増加しており,この点は特筆に値する。アイルランドもギリシャに次いで大幅な住宅支援予算削減を実施したが,その結果,それまで下がってきていたホームレス率が一気に68パーセントも上がった。スペインとポルトガルも不況になってからかなりの予算削減を行い,ホームレス率が上昇した。バルセロナのホームレス人口は2008年が2013人,2011年が2791人と推定され,3年間で39パーセント上昇している。ポルトガルも同様で,2007年から2011年の間に25パーセント上昇した。
対照的だったのはフィンランドで,この国では住宅支援予算を削減するどころか,2015年までにホームレス人口をゼロにするという目標が掲げられ,さっそく2008年に1250戸の住宅がホームレスの人々に提供された。この政策はとにかくまず住まいを提供しようという考え方——サンフランシスコの「ハウジング・ファースト」と同様——によるものだが,住宅供給にとどまらず,ソーシャルワーカーがホームレスの人々の社会復帰を支援するというところまで踏み込んだものとなった。こうした積極的な政策ははっきりと数字に表れた。イギリス,アイルランド,ギリシャ,スペイン,ポルトガルでホームレス人口が増加した2009年から2011年の間に,フィンランドではホームレス人口が減少の一途をたどった。
デヴィッド・スタックラー,サンジェイ・バス 橘 明美・臼井美子(訳) (2014). 経済政策で人は死ぬか?:公衆衛生学から見た不況対策 草思社 pp.230-231
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