3秒ルールは完全にナンセンスなのか,多少なりとも科学的な合理性があるのか。じつは米国や英国では,真面目に調査している人がいる。2003年に高校生のジリアン・クラーク氏はイリノイ大学で,大腸菌が塗られた床材に,グミや砂糖のかかったクッキーを5秒間置いたのち,菌数を数えた。その結果,ザラザラした床でもなめらかな床でも,大腸菌がクッキーにつくことを報告している。クラーク氏はこの功績により,2004年度のイグ・ノーベル賞を受賞した。2006年にはクレムゾン大学のポール・ドーソン氏が,さまざまな材質の床(タイル,フローリング材,カーペット)にチフス菌がどれだけいるか,また,床に置いたハムやパンに付着する菌数と,床との接触時間にはどのような関係があるかを調べた。その結果,タイルでは接触時間5秒で,ハムに約70%,パンに約50%,菌が付着した。また,床に落ちた食べ物に息を吹きかけゴミを払っても除菌の効果はなかった。ドーソン氏はこれらを総合して,“five-second rule”はただの神話にすぎず,食中毒を防ぐには衛生管理が大事である,と至極まっとうな主張をしている。
同じことを考える人はいるもので,英国アストン大学のアンソニー・ヒルトン氏は2014年に,床の大腸菌などがトーストやパスタに移るかという同様の実験を行っている。ドーソン氏と違うところは,接触させる時間を3秒から30秒までさまざまに変えているところである(物好きだ!)。その結果,接触時間と床材によって菌の移り方は異なり,カーペットの場合は5秒後もほとんど菌が移っていなかったという。3秒ルールは場合によってはありなのかもしれない,とも思わされる結論である。
村上道夫・永井孝志・小野恭子・岸本充生 (2014). 基準値のからくり:安全はこうして数字になった 講談社 pp.48-49
PR