ひじきについての評価が日本と外国では大きく違うと,さきほど述べた。だが見方を変えて,がんという病気はそもそも長寿でなければかかりにくい病気である,と考えれば,両者の評価は決して矛盾しない。がんを心配するよりも,長寿を喜んだほうがよいのかもしれない。
さらに,われわれ日本人は,コメを主食としながら世界屈指の長寿民族となっている。「10万人に1人」のリスクレベルの100倍以上のコメを毎日食べているにもかかわらず,である。日本食には,ヒ素のリスクを大きく上回る健康上のベネフィット(利益)があるのかもしれない。
こうしてヒ素の例について考えていくと,日本人はそのリスクを高いレベルで受け入れているという見方もできる。基準値を多少,超えた,超えないで一喜一憂することが,いかに無意味であるかに気づかされる。あえてその国の食文化を壊してまで,一律の目標リスクレベルで基準値をつくって規制することは,つねに正しい選択とは限らないのである。英国やカナダではもともとひじきを食べないし,コメも主食ではない。だから禁止したところで,影響は小さいのだ。
村上道夫・永井孝志・小野恭子・岸本充生 (2014). 基準値のからくり:安全はこうして数字になった 講談社 pp.60-61
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