第一次世界大戦時のデータによると,北部のいくつかの州の黒人の平均IQは南部のいくつかの州の白人の平均IQよりも高く,その調査結果は北部の教育水準や経済水準の高さと一致しているように見受けられた。遺伝論者たちは,遺伝的にすぐれた黒人たちが南部から北部の州に選択的に移住した結果である,と証拠もなしに反論した。遺伝論者たちはまた肌の黒さの濃い黒人のほうが肌の黒さの薄い黒人よりも平均IQの値が低いことを立証した。彼らの言い分は,肌の黒さの薄い黒人は白人種の遺伝子をおそらくより多く持っているためだというのである。環境論者側はこれに対して,肌の黒さが薄い黒人は差別を受けることがそれだけ黒さの濃い黒人より少なかったという自明の事柄を指摘して反論を加えた。遺伝論者たちは次いで,血液グループによって測定される白人種の遺伝子の割合とIQとの関係を調査すべきだと提案した。個々の黒人たちが受け継いでいる白人種の遺伝子の割合とIQとのあいだに何の関連も見出せないことが判明すると,この調査を提案した当の遺伝論者たちが,血液グループからは白人種の血統の割合のはっきりした測定値は得られないと結論づけたのである。白人の母親と黒人の父親とのあいだに庶子として生まれた子どもたちが,黒人の母親と白人の父親とのあいだに生まれた同様の子どもたちよりも高いIQを示すという観察結果が得られるや,それはおそらく異人種間結婚に関わった黒人の父親たちのほうが黒人の母親たちよりも知的であったためであろうとされた。また高いSES値の白人家庭に養子となった黒人の子どもたちが際立ったIQ値を発達させることが立証されると,今度は,これは,通常観察される黒人と白人の差異のしかるべき部分が遺伝的なものである事実と必ずしも矛盾しないと言われた。
この線にしたがって議論をすすめても何ら得るところがないのは明らかである。黒人と白人とが等しく,恵まれた差別のない環境に身を置く社会が実現し得るまで,そして実現できなければ,黒人と白人の差異の問題に対して明確な解答を得ることはできない。皮肉なことに,もしそのような社会が実現したとき,もはやこの問題に対する答に興味を持つ者は誰ひとりいないだろう。人種差別主義にとりつかれた社会のみが,人種間の平均IQの相違の理由を重大視したがるようである。
H・J・アイゼンク,L・ケイミン 齊藤和明(訳) (1985). 知能は測れるのか--IQ討論 筑摩書房 pp.263-264
(Eysenck, H. J. versus Kamin, L. (1981). Intelligence: The Battle for the Mind. London, Pan Mcmillan.)
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