だが,いかにあなたがこうした知識をたくさん身につけたとしても,あなたはそれを観察によって発見したわけではない。あなたはそれを他人から教えられたのである。両親,理科の先生,テレビ番組,インターネットの百科事典などを通じてそれを学んだのだ。プロの天文学者といえども,いまここに書き並べたどの言明であれ,その真偽を自分自身の経験的観察を通じてチェックしたことは,一般的に言って,ないだろう。
なぜそうなのか。天文学者が怠慢であるとか無能であるとかということではない。そうではなくて,これは,科学の共同体が積み上げてきた権威ある観察と理論的推理を,天文学者が利用できる仕組みがあるということなのである。科学の共同体は幾世紀もかけてこれらの言明を根本的な物理学的真理として確定してきたのである。
ポイントはこうだ。科学的知識が自然界の観察に基づき,また観察によって検証されるというのはたしかに真実ではあるものの,しかし,あなたの感覚器官を正しい方向に向けさえすればいいというものではない。むしろそこにはおそろしいほどたくさんの要素がからんでいるのだ。たとえ科学者であろうと,一人の個人が自らの観察を通じてじかに得た知識は全知識量のうち一小部分にすぎない。また,自分自身の観察でさえ,幾世紀もかけて蓄積され,発展してきたデータと理論の体型がすでにある中で,その複雑な枠組みを文脈としてようやく意味をなすものなのである。
トマス・ディクソン 中村圭志(訳) (2013). 科学と宗教 丸善株式会社 pp.9-10
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