生息域が広範囲に及ぶのは,効率の悪い繁殖方法のおかげだ。一般的に,タコのメスは小さな卵を何千個も産む。孵化しても,いばらくは泳ぐ力も弱くて潮の流れに身をまかせるしかなく,ほかのプランクトンの群れといっしょに海面近くを浮遊して過ごす。タコの稚仔の大半は魚の餌食になるか,過酷な環境に適応できず,海の藻屑と消えてしまう。それでも少数ながら,運良く生き延びて海底にたどり着く稚仔もいて,そこで成長して何千もの自分の子孫を世に送り出すようになる。
遺伝子情報の解読が進めば,孵化したばかりの微粒子サイズの頭足類の浮遊範囲もくわしく調べられるようになるだろう。だが,いまのところタコの生息域はまだはっきり解明されていない。スペインで出会った若手の漁業生物学者ハイメ・オテロによれば,個体数のサンプリングのためにタコの稚仔を採取するのは,かなりの徒労なのだそうだ。「網にかかるタコの稚仔はせいぜい100匹くらいだから」と,彼は言う。統計学的に妥当なサンプルを得るには膨大な数が必要な場合,こうした採取は大いなるネックとなる。
キャサリン・ハーモン・カレッジ 高瀬素子(訳) (2014). タコの才能:いちばん賢い無脊椎動物 太田出版 pp.21
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