私がカルトの恐ろしさを思い知らされたのは,1996年にオウム真理教の取材のために日本に行ったときだった。東京の地下鉄にサリンガスをまいてハルマゲドンを引き起こそうとしたこのカルト集団は,霊魂の復活,「地震兵器」,UFO,フリーメーソン流の陰謀説を信じていたが,さらに意外なことに,聖マラキの予言も教義に取り入れていた。聖マラキはアイルランドのアーマーの大司教で,1139年にこの世の終わりまでの歴代の教皇112人を予知したとされている。それぞれの教皇は象徴的なニックネームで記されていて,110番目にあたるヨハネ・パウロ2世は,「太陽の労働」,111番目の現教皇,ベネディクト16世は「オリーブの栄光」,そして,112番目となる最後の教皇は「ローマ人ペテロ」。「したがって,あと20年ぐらいで,最後の教皇を迎えることになるだろう」と,オウム真理教の教祖,麻原彰晃は説明している。
無論,この予言はいんちきだ。予言リストが公表される以前の教皇につけられたニックネームは1590年ごろに「発見された」(つまり,でっちあげられた)ことばかりだ。それよりも私にとってショックだったのは,この聖マラキの予言を教えてくれたのが,大好きな私の祖母だったことだ。つまり,この偽情報はイギリスのブラックプールにあるテラスハウスと,日本の富士山麓にあったカルト集団の総本部とに,ほぼ同時に伝わっていたのである。カルトのあなどりがたい力をこれほど端的に示す例はないだろう。
ダミアン・トンプソン 矢沢聖子(訳) (2008). すすんでダマされる人たち:ネットに潜むカウンターナレッジの危険な罠 日経BP社 pp.20-21.
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