そもそも「イカが泳いでいるところを見たことがありますか?」という質問をされて,「あるよ,何度も」と答えられるのは,経験を積んだダイバーかイカ学者だけである。世界的に見ても,生きたイカを水槽に,しかも長期にわたりキープし続けることができる場所は,ごくごく限られている。水族館でさえも,生きたイカを常時展示しているところは数えるほどだ。むろん,イカの養殖もまだ行われていない。漁業大国日本においても,である。
海でたくさん獲れるイカを飼ってみようという試みは,当然のようにして過去に行われている。それは「飼うぞ!」といった肩肘張ったチャレンジではなく,海水を張った水槽にポンと放り込みさえすれば,魚や蟹のようにイカも当然,飼えるだろうという,およそ無意識的な発想にもとづく試行であったかもしれない。しかし,意に反して,イカを水槽に入れると半日もしないうちにポロリと死んでしまう。何度繰り返しても結果は同じである。海に踊るイカは,思いのほかに弱い存在だったのである。
池田 譲 (2011). イカの心を探る:知の世界に生きる海の霊長類 NHK出版 pp.35-36
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