ヤング学派による一連の仕事を見るとき,ぼくは2つのことを強く感じる。1つは実験動物としてのタコが有するアドバンテージである。ある動物の行動について詳しく知ろうとしたとき,とくにその行動がどのようなメカニズムにより発現するのかという機能面を明らかにしようとするときには,動物にさまざまな操作をすることが一般的である。たとえば,学習と記憶が脳内のどこで制御されているのかを探るには,それと思しき脳内の部位を人為的に破壊して,その後も記憶が衰えないのか,あるいは記憶障害が現れるのかといったことを観察するのが常套手段となる。この場合,対象とする動物(つまり実験個体)が,そのような操作を施したあとも元気に生きていることが前提となる。操作により死んでしまってはもとも子もない。
しかし,実験的操作にはしばしば身体に大きな影響を与え,ときに死に直結してしまう恐れのあるものもある。そこまでいかずとも,相当にストレスを与えるのではないかと危惧されるものも多い。とくに,行動制御のセンターである脳になんらかの操作を加えるというのは,心理学的な実験が多く行われている霊長類や齧歯類でも簡単なものではないであろう。ここにきて,タコは意外にこのような操作に強いということがヤング学派に大きな前進をもたらした。
池田 譲 (2011). イカの心を探る:知の世界に生きる海の霊長類 NHK出版 pp.189-190
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