現代人の目から見ると,聖書に書かれた世界の残虐さは驚くばかりだ。奴隷,レイプ,近親間の殺人など日常茶飯事。武将は市民を無差別に殺しまくり,子どもでも容赦しない。女性は人身売買され,セックストイのように略奪される。神ヤハウェはささいな不服従を理由に,またはなんの理由もなしに何十万もの人々を拷問したり虐殺したりする。こうした残虐行為は,決してまれなものでも目立たないものでもない。旧約聖書の主要な登場人物すべて——日曜学校で子どもたちがクレヨンで描く人物たち——が,こうした行為に関わっており,アダムとエヴァに始まってノア,アブラハムやイサクらの族長たち,モーセ,ヨシュア,士師たち,サウル,ダビデ,ソロモンやその先の人物にいたるまで,何千年もにわたって延々と続く物語の筋書に納まっているのだ。聖書学者のレイムンド・シュワガーによれば,ヘブライ語聖書には「国家や王,あるいは個人が他の人びとを攻撃したり殺したりしたことを明示的に記している箇所が600以上ある。……ヤハウェ自身が暴力的な罰の直接の執行人として登場する箇所がおよそ千,主が罪を犯した者をそれを罰する者の元に送る場面も数多くあるが,それ以外にヤハウェが人を殺すように明確に命令する箇所は百以上に及ぶ」。残虐行為研究家を名乗るマシュー・ホワイトは歴史上の主要な戦争や大虐殺,ジェノサイドの推定死者数をデータベース化しているが,彼によれば聖書に数を明示してある大量虐殺によって殺害された人はおよそ120万人に達するという(ここには歴代誌下13章に描かれているユダとイスラエルの戦いの死者50万人は含まれない。歴史的にありえない数字だからという)。ここにノアの大洪水の犠牲者を足せば,さらに約2000万人が上乗せされることになる。
スティーブン・ピンカー 幾島幸子・塩原通緒(訳) (2015). 暴力の人類史 上巻 青土社 pp.42-43
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