だがもっとも大きい問題は,二種類の暴力——戦闘と襲撃——の区別をしないことにある。これはチンパンジーの研究で,きわめて重要であることが明らかになった。大量の死者を出すのは騒々しい交戦ではなく,卑劣な襲撃のほうなのだ。男たちの一団が夜明け前,敵対する集落に忍び込み,排尿のために最初に小屋から外に出てきた男に向けて矢を放つ。物音を聞いて出てきた他の男たちにも次々と矢が放たれる。さらに彼らは槍で小屋の壁を突き刺したり,入口や煙突めがけて矢を放ったり,小屋に火をつけたりする。村人がまだ目覚めたばかりで防御態勢をとれないうちに多くの人びとが殺され,男たちはあっという間に森の中に姿を消してしまう。
こうした奇襲攻撃では,村の住民が1人残らず殺されてしまうこともあれば,殺されるのは男だけで,女は連れ去られることもある。敵を大量に殺すもう1つの有効な方法に,待ち伏せ攻撃がある。森の中の狩猟ルート沿いに身を隠し,敵の男たちが通りかかるとすばやく襲って殺すというやり方だ。さらにもう1つ,裏切りという戦略もある。敵と和解したふりをして宴会に招き,あらかじめ決めておいた合図で,無防備になった客を襲うのだ。うっかり単独で縄張りに入ってきた者に対しては,見つけたらその場で殺す,というチンパンジーと同じ原理が適用される。
スティーブン・ピンカー 幾島幸子・塩原通緒(訳) (2015). 暴力の人類史 上巻 青土社 pp.102
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