濃淡の色分けを見ると,合衆国の一部はヨーロッパとさほど大きな差はないことがわかる。その一部とは,ニューイングランド(適切な名称だ)諸州,中央から太平洋岸にいたる北部の州(ミネソタ,アイオワ,ノースダコタ,サウスダコタ,モンタナ,ワシントン,オレゴン)そしてユタ州である。ベルト状に並んだこれらの州は,同じ気候帯には属しておらず(オレゴン州とバーモント州の気候はまったく違う),多くは東から西へと向かう,歴史的な移民のルートに相当する。人口10万人あたりの年間殺人件数が3件未満のこの平和なベルト地帯の南方では,南に下りていくにしたがって殺人件数は増加する。最も南に位置するアリゾナ州(7.4)やアラバマ州(8.9)では,ウルグアイ(5.3)やヨルダン(6.9),グレナダ(4.9)と比べても殺人件数が高く,ルイジアナ州(14.2)にいたっては,パプアニューギニア(15.2)にも匹敵するほどの高さである。
2つ目の対比は,地図上ではそれほど明確ではない。ルイジアナ州の殺人件数は他の南部諸州より高いが,ワシントンD.C.の殺人件数は30.8件と,桁外れに高く,中南米の最も危険な国々と同じレベルにある。これらの地帯が効率であるおもな理由はアフリカ系アメリカ人の住人の比率が高いことだ。現在のアメリカ合衆国内では黒人と白人の殺人件数に顕著な違いがある。1976年から2005年までの平均殺人件数は,白人のアメリカ人では10万人あたり年間4.8件であるのに対し,黒人のアメリカ人では実に36.9件にのぼる。これはただ単に,黒人のほうが逮捕され有罪になる確率が高いからではない——もしそうなら,人種間の差はレイシャルプロファイリング[人種偏見にもとづく捜査]の結果かもしれないということになる。ところが被害者に加害者の人種を尋ねる匿名による調査や,黒人・白人両方を対象にした過去の暴力犯罪歴についての調査でも,これと同じ差が見て取れる。なお,南部の州では北部の州より住民に占めるアフリカ系アメリカ人の割合が高いとはいえ,1つ目の南北の違いは人種の比率では説明できない。白人だけ見ても南部のほうが北部より暴力的であり,黒人の間でも南部のほうが北部より暴力的である。
スティーブン・ピンカー 幾島幸子・塩原通緒(訳) (2015). 暴力の人類史 上巻 青土社 pp.184-186
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