長期的に見れば,インターネットによる真の脅威は,実証に基づく検証法が確立されていない社会にデマをばらまくことだ。南アフリカ共和国のエイズに関する疑似科学「治療」を例にあげてみよう。ターボ・ムベキ大統領は,国内にいる550万のエイズ患者に抗レトロウイルス薬を行き渡らせないよう長年にわたって全力を尽くしてきた。抗レトロウイルス薬は「有害」で「有毒」だと主張し,エイズにCIAが関与しているとほのめかしてきたのだ。それによって,HIVがエイズの原因だという決定的な証拠を認めようとしない西欧の「エイズ否認論者」から全面的に支持されている。
世界的に有名な否認論者,ピーター・デューズバーグは分子生物学者だが,エイズの予防・治療として,正しい食生活を守り,有害な薬を飲まないことを提唱している。2007年3月の『ニューヨーカー』誌によると,アメリカ政府のエイズ対策第一人者であるアンソニー・フォーシ博士が,デューズバーグの発言を聞いて,ふだんの穏健さからは想像もつかないほど怒りを爆発させたという。「これは殺人だ。どう考えても,そうとしか表現できない」。ムベキ大統領は1990年代末にインターネットでデューズバーグの説を見つけて,即座に大統領顧問団に任命している。
ダミアン・トンプソン 矢沢聖子(訳) (2008). すすんでダマされる人たち:ネットに潜むカウンターナレッジの危険な罠 日経BP社 pp.186
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