またこのリストを見ると,19世紀は平和だったが,20世紀には組織的暴力が飛躍的にエスカレートしたという,これまでの一般通念が誤りであることがわかる。第1に,それが成り立つには,19世紀初頭に甚大な被害を出したナポレオン戦争を除外しなければならない。第2に,ナポレオン戦争後に一時的な平和が続いたのはヨーロッパだけの話であり,ほかの地域に目を向ければ,いたるところでヘモクリズムがあった。中国の太平天国の乱(おそらく史上最悪の内戦である宗教的反乱),アフリカの奴隷貿易,アジア・アフリカ・南太平洋における帝国主義戦争,そしてリスト入りしていない2つの大虐殺——アメリカの南北戦争(死者65万人),1816年から1827年にかけて100万から200万人の死者を出したズールー王国のヒトラー,シャカ王によるアフリカ南部征服など。まだ忘れている大陸があるだろうか。そう,南米大陸だ。南米大陸でも数多くの戦争が起こったが,なかでも死者40万人を出し,パラグアイの人口の60パーセント以上が失われた三国同盟戦争は,比率からいえば近代における最も破壊的な戦争である。
スティーブン・ピンカー 幾島幸子・塩原通緒(訳) (2015). 暴力の人類史 上巻 青土社 pp.360
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