では,もし戦争がランダムに始まりランダムに終わるのなら,その歴史的傾向を追求することは無意味なのだろうか。そんなことはない。ポワソン過程における「ランダムネス」は,連続的な事象のあいだにはなんら関係は存在しないことを示している。事象発生器はサイコロと同様,記憶をもたないのだ。だがこれは,大きな時間の流れのなかで,確率はつねに一定であることを意味するわけではない。軍神マースの気が変わって,1のぞろ目が出たときではなく,サイコロの目の合計が3や6,あるいは7になったときに戦争を起こすようにするかもしれない。だが長い年月の間にこうした確率の変化があったとしても,ランダムであることに変わりはない——すなわち,ある戦争の勃発が,ほかの戦争の勃発する可能性を高くしたり,低くしたりはしないという事実は変わらないのだ。そのように確率の変化するポワソン過程を,非定常的ポワソン過程と呼ぶ。したがって,戦争の起きる確率が一定の歴史的な時間をへて減少するという可能性はあるのだ。それは,変数が減少する非定常的ポワソン過程で生じる。
スティーブン・ピンカー 幾島幸子・塩原通緒(訳) (2015). 暴力の人類史 上巻 青土社 pp.375
PR