このようにべき分布では,規模をグンと大きくしても頻度は急には下がらず,ゆるやかに減る。言いかえれば,極地が出現する確率はきわめて低いが,天文学的な低さではない。この違いは重要だ。身長6メートルの人に出会う可能性は天文学的確率であり,ないと命を賭けて言ってもいい。けれども人口2000万人の都市や,20年間連続のベストセラーが出現する可能性はきわめて小さくはあるが,それが現実になると想像することは十分できる。戦争の場合,それが何を意味するかは改めて指摘するまでもないだろう。1億人の犠牲者を出す戦争が起きる可能性はきわめてまれだし,10億人となればさらに可能性は低い。しかしこの核兵器の時代には,身の毛もよだつような想像と,べき分布の数学は同じ結論を指している——その可能性は決して天文学的に低いわけではないのだと。
スティーブン・ピンカー 幾島幸子・塩原通緒(訳) (2015). 暴力の人類史 上巻 青土社 pp.389
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