また,貴重な地下資源があるからといって富や平和を享受できるわけではない。アフリカには,金,石油,ダイヤモンド,その他の戦略的金属をふんだんに保有しているにもかかわらず,戦争で荒廃した貧しい国々が少なくない一方,ベルギーやシンガポール,香港のように,これといった天然資源はなくても豊かで平和な国もある。とすれば富を生み,平和も生み出すような第3の変数——おそらくは洗練された産業社会の規範とスキル——があるにちがいない。仮に世相の原因が貧困にあるとしても,それはわずかな資源をめぐって争うからではなく,少々の富があれば得られる最も重要なもの,つまり国内の治安を維持する有能な警察や軍隊が存在しないからだ。経済が発展すれば,その成果の大部分はゲリラではなく政府へ流れる。発展途上世界のなかで急成長している国々が比較的,平穏な理由の1つはそこにある。
スティーブン・ピンカー 幾島幸子・塩原通緒(訳) (2015). 暴力の人類史 上巻 青土社 pp.535
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