ヒトの心は,生物的因子による汚染から身を守る手段を進化させてきた——それが嫌悪という感情だ。通常,体からの分泌物や,動物の身体の一部,寄生虫,病原体を媒介する動物などが引き金となって人は嫌悪感を覚え,汚染源となる物質やそれに似たもの,それと接触したものをすべて排除せずにいられなくなる。嫌悪感は道徳的な解釈が容易であり,一方の極に精神性や清廉,貞節,浄化,他方の極に獣性,戯れ,肉欲,汚染を置く連続体として既定される。こうして人は,嫌悪すべきものを物質的に不快なだけでなく,道徳的に卑しむべきものと見なすのだ。人を裏切る危険人物の隠喩には,英語では病原体の媒介動物——ネズミ,シラミ,虫けら,ゴキブリ——を用いることが多い。1990年代に強制退去やジェノサイドを表すのに使われた悪名高い言葉が,「民族浄化」である。
スティーブン・ピンカー 幾島幸子・塩原通緒(訳) (2015). 暴力の人類史 上巻 青土社 pp.568-569
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