心理学者のマーゴ・ウィルソンとマーティン・デイリーは,「自分の妻を財産と間違えた男」と題した論文のなかで,世界中の伝統的な法律が女性をその父親や夫の財産として扱っていることを示した。財産法は,財産を無制限で売却したり交換したり処分したりする権利を所有者に与え,もし財産が他者によって盗まれたり傷つけられたりした場合は,その損害を取り返す権利が所有者にあることを認めるよう社会に求めている。この社会契約に女性の利益は反映されていないので,レイプはその女性を所有している公民権を持った男性に対する犯罪となる。レイプという概念は,他人の所有物を傷つける不法行為,または貴重な財産の窃盗と解釈されていた。これは「レイプ(rape)」という言葉そのものにもあらわれている。レイプは「破壊(ravange)」や「強欲(rapacious)」や「強奪(usurp)」と同じ語源を持つのである。したがって,財産を持った身分の高い男性に保護されていない女性はレイプ法の適用範囲外とされていたし,夫による妻のレイプは,自分で自分の財産を盗むようなものなのだから,論理的にありえないとされていた。
スティーブン・ピンカー 幾島幸子・塩原通緒(訳) (2015). 暴力の人類史 下巻 青土社 pp.43
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