自己奉仕バイアスは,私たちが社会的動物であるために支払う進化的代価の一部だ。人間が集まって群れをつくるのは,磁力によって互いに引き寄せられるロボットだからではなく,それぞれの内に社会的な感情や道徳的な感情をもっているからだ。人間は温情や同情や,感謝や信頼や,孤独や罪悪感や,嫉妬や怒りを感じる。それらの感情は,人が社会生活——相互交換と協調活動——において損失を負うことなく,確実に利益を得られるようにしてくれる内面の調節器だ。この場合の損失とはすなわち,嘘つきや社会の寄生者に一方的に利用されるということである。私たちは自分に協力してくれるだろうと思える人に共感を覚え,信頼し,感謝して,お返しに自分もその人に協力する。そして自分をだますのではないかと思われる人に対しては,怒りを感じて仲間外れにし,協力を差し控えたり罰を与えたりする。ある人がどれだけよい人であるかは,協力者としての評判を育むことで得られる尊敬と,こっそり他人をだますことで不正に得る利益とが,秤にかけられた結果である。社会集団は,いわば親切さと信頼のレベルがさまざまに異なる協力者たちで成り立っている市場で,各人は自分が損をしない範囲において最大限に親切で,信頼性の高い協力者であることを宣伝する。その損をしない範囲というのはだいたいにおいて,実際よりも少しだけ親切で,少しだけ信頼性が高いというレベルになるのかもしれない。
スティーブン・ピンカー 幾島幸子・塩原通緒(訳) (2015). 暴力の人類史 下巻 青土社 pp.210
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