暴力の分類法はいくつもあるが,どれも区別のしかたはたいして変わらない。ここではバウマイスターの4分類法を採用し,なおかつ,そのカテゴリーの1つを2つに分けたいと思う。
暴力の第1のカテゴリーは,言ってみれば実際的,道具的,搾取的,捕食的なものである。これは最も単純な種類の暴力で,ある目的のための手段として力を行使する。探索系によって設定される食欲や性欲や野心などの目標を追い求めるために暴力が配備され,背外側前頭皮質を格好の象徴とする脳内の知的な部分すべてによって暴力が誘導される。
暴力の第2の要因は,ドミナンス(支配,優位性)である。ライバルよりも自らが優位に立とうとする衝動的欲求のことだ(バウマイスターは「エゴティズム」と呼んでいる)。この欲求は,テストステロンを燃料とする支配系やオス間攻撃系と結びつくこともある。ただし,この欲求がオスだけのものというわけではなく,さらにいえば,個人に限られたものでもない。このあと見るように,集団同士も優位性をめぐって争いをする。
暴力の第3の要因は,リベンジ(報復,復讐)である。これは,受けた被害を同じように返そうとする衝動的欲求のことだ。この動因の直接的な主導力となるのは怒り系だが,その目的のために探索系を引き込むこともある。
暴力の第4の要因は,傷つけることそのものを喜びとする,サディズムである。この奇妙であり,かつ同じくらい恐ろしくもある動機は,私たちの心理,とりわけ探索系のもっているいくつかの奇癖の副産物なのかもしれない。
そして暴力の第5の要因にして,最も論理的に納得のしやすい原因は,イデオロギーである。あるイデオロギーを心から信じている人びとは,さまざまな動機を一本の教義に織りなし,底に他人を引き込んで,破滅的な目標を遂げさせる。イデオロギーは脳のどこかの領域とも,脳全体とも結びつくことはない。なぜならこれは,多数の人々の脳に広く配布されるからである。
スティーブン・ピンカー 幾島幸子・塩原通緒(訳) (2015). 暴力の人類史 下巻 青土社 pp.240-241
PR