しかし,まだ謎が残る。リベンジが抑止機能として進化したのなら,なぜそれが現実の世界でこんなにも頻繁に行使されるのか?なぜリベンジは冷戦時の核兵器備蓄のように,恐怖の均衡を生むことによって全員を行儀よくさせるものとして機能しないのか?復讐の連鎖がつねに存在し,報復に次ぐ報復がやまないのは,いったいどういうわけなのか?大きな理由は,モラリゼーションギャップであろう。人は自分が与えた損害を正当化して忘れやすい反面,自分が受けた損害については根拠のない言語道断の行為だと思いがちである。この意識の差によって,対立をエスカレートさせている両者は攻撃の数を違うふうに勘定し,被害の重さについても違うふうに解釈する。心理学者のダニエル・ギルバートに言わせれば,長期にわたって交戦している当事者双方の言い分は,自動車の後部座席でそれぞれの言い分を親にぶちまけている2人の男の子のそれとほとんど変わらない。「こいつのほうが先に僕をぶったんだ!」「こいつのほうが強く僕をぶったんだ!」
スティーブン・ピンカー 幾島幸子・塩原通緒(訳) (2015). 暴力の人類史 下巻 青土社 pp.295
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