この「利他主義」という言葉も,やはり曖昧だ。共感ー利他主義説における「利他主義」とは,別の目的をはたすための手段としてでなくそれ自体を目的として他の生物に利益を供する動機,という心理学的な意味での利他主義だ。これは,進化生物学的な意味での利他主義とは違う。進化生物学の文脈では,利他主義は動機ではなく行動の面から定義される。自らが損失をかぶって他者に利益を供する行動が,進化生物学における利他主義だ。(生物学者は,ある生物が別の生物に利益をもたらせる2つの方法を区別する一助として,その片方にこの言葉を——実際には「利他行動」という言葉で——適用する。もう片方は,双利共生と呼ばれ,こちらはある生物が別の生物に利益を供しながら,それと同時に自らも利益を得ている場合に用いる。たとえば,昆虫が植物に受粉すること,鳥が哺乳類の背中にいるダニを食べること,趣味の似ているルームメイト同士が互いの聞く音楽を楽しむことなどである。)
スティーブン・ピンカー 幾島幸子・塩原通緒(訳) (2015). 暴力の人類史 下巻 青土社 pp.377-378
PR