歴史上,最も際立っている暴力減少の1つは,ヨーロッパにおいて中世から現代までのあいだに殺人が30分の1にまで減ったことで,その功績はセルフコントロールにあると見られている。前にも述べたように,ノルベルト・エリアスの「文明化のプロセス」の理論によれば,国家統合と通商の発達は,インセンティブ構造を略奪から脱却させただけにとどまらない。これらは,節度と礼儀正しさを第二の天性にするセルフコントロールの倫理を植えつけたのだ。人びとは夕食の席で刃物を向け合ったり,互いの鼻をそぎ落としあったりするのを控えるようになると同時に,クローゼットで小便するのも,人前で性交するのも,夕食の席で放屁するのも,骨付き肉にしゃぶりついて,しゃぶったあとの骨を盛り皿に戻すのも控えるようになった。かつての名誉の文化では,男たちは侮辱に食ってかかることで尊敬を得ていたが,それも尊厳の文化に変わって,男たちは自分の衝動を制御できることで尊敬を得るようになった。先進国では1960年代,発展途上国では植民地の解放のあとなどに,暴力減少が反転する時期があったが,やはりそのときにはセルフコントロールの価値判断の反転がともなっていて,規律を重んじる老人よりも,衝動的な若者の勢いが勝っていたのだった。
スティーブン・ピンカー 幾島幸子・塩原通緒(訳) (2015). 暴力の人類史 下巻 青土社 pp.395
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