そこで,まず第1に,多くの通俗的な考えの底にある1つの観念を,頭の中から追放する必要がある。科学的概念は実在しているものに関するもので,科学者の頭の良さは,この実在するものをとり出し,測定する点にあるのだと考えられている場合が多い。つまり,物体が長さをもつものとし,科学者はこの事実を発見し,この長さを測定するのだと思われている。これと同様に,人間は知能をもつとし,科学者はこの事実を発見し,ついでこの知能を測定するのだと考えられるのであろう。こうして,われわれは,本来人間から独立して存在し,まじめな研究によって発見される科学的法則や概念をとり扱うということになる。だが,このような世間一般の科学的見解は,全く誤りである。サーストン(Thurstone)は,正しい立場について次のように述べている。
「無限にある現象が,限りある概念や理念の構造によって理解できるというのが,あらゆる科学に共通した信念である。この信念がなかったら,科学はその成立の動機をもち得なかったであろう。この信念を否定することは,自然についての原初的混乱を肯定し,その結果,科学的努力をむだなことであるとしてしまうことになるのである。われわれが理解しているこの自然現象の構造も,けっきょく,人為的な発明物にすぎないのである。科学的法則を発見するということは,人為的な図式が,ある程度自然現象の理解を統一し,それによって単純化するのに役立つということを発見するにすぎない。科学的法則を,ある科学者が,たまたま運よく見つけ出した独立の存在と考えてはならない。科学的法則は,自然の一部ではないのである。それは単に自然を理解する1つの方法にすぎないのである」。
H・J・アイゼンク 帆足喜与子・角尾 稔・岡本栄一・石原静子(訳) (1962). 心理学の効用と限界 誠信書房 p.18
(Eysenck, H. J. (1953). Usen and Abuses of Psychology. London: Penguin Books.)
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