「反知性主義」(anti-intellectualism)という言葉には,特定の名付け親がある。それは,『アメリカの反知性主義』を著したリチャード・ホフスタッターである。1963年に出版されたこの本は,マッカーシズムの嵐が吹き荒れたアメリカの知的伝統を表と裏の両面から辿ったもので,ただちに大好評を博して翌年のピュリッツァー賞を受賞した。日本語訳がみすず書房から出たのは40年後の2003年であるが,今日でもその面白さは失われていない。訳者の田村哲夫が「あとがき」に記しているとおり,「説得的な歴史観の下で,正確な叙述で表された歴史書は,どんな時代にも古くささを感じさせるものではないし,どんな時代にも有益なヒントをあたえてくれる」ものである。
だが,もしそんなに名著であるなら,これが40年も訳出されずに放っておかれたのはなぜだろう,とう問いも湧いてくる。理由の一端は,この本の内容が日本人には理解しにくいアメリカのキリスト教史を背景としているところにある。この本に言及する人もあるにはあるが,よく見てみると,引用されているのは冒頭の数頁だけで,内容的な議論の深みへと足を踏み入れる人は少ない。けっして難しい本ではないが,日本人になじみの薄い予備知識が必要なため,本筋のところが敬遠されてしまうのである。その先に続く議論の面白さを考えると,これは実にもったいない話である。アメリカの反知性主義の歴史を辿ることは,すなわちアメリカのキリスト教史を辿ることに他ならない。
森本あんり (2015). 反知性主義:アメリカが生んだ「熱病」の正体 新潮社 pp.5
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