最近まで,こうしたエピジェネティックな変化は,限られた遺伝子——刷り込み遺伝子(父親か母親のどちらか一方から受けついだ場合のみ発現する遺伝子)——だけに起きると考えられていた。刷り込み遺伝子は,人間よりマウスに多く見られる。わたしたちはすべての遺伝子のコピーを両親からひとつずつ,合わせてふたつ受け継いでいることを思い出してほしい。そしてほとんどの動物の胎児が育つ過程では,父親の遺伝子と母親の遺伝子の熾烈な戦いが繰り広げられている。父親の遺伝子は,母親を犠牲にしても胎児を大きく成長させ,その生存の可能性を高めようとする。一方,母親の遺伝子は,自らの資源を保存して長生きし,さらに多くの子を生もうとする。マウスでは,通常,母親の遺伝子が勝利を収める。母親由来の数百個の遺伝子が,刷り込みによって父親の遺伝子を抑制し,胎児を母体にとって望ましい大きさに保つのだ。
人間にはこうした刷り込み遺伝子が100個以上あり,胎児の大きさや発達に関して重要な役割を担っている。これらの刷り込み遺伝子は重要な役割を果たしているが,現在では,それ以外の2万5000個の遺伝子もまた,エピジェネティックな影響を受けている可能性があることがわかっている。
ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.37-38
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