行動や精神の特色をつくりあげるのに遺伝子が果たす役割を,最も明確に表現しているのは生物学的特性理論による人格についての説明で,人の永続的な性質はその人の遺伝子的背景によるというものだ。個人が外向的(社交的)であるか内向的(内気,臆病,引っ込み思案)であるかの程度など,いくつかの特性が遺伝子的歴史に強く影響されるという見かたを支える証拠はかなり集まっている。とはいえ,遺伝学的人格理論には2つの重要な但し書きがついている。
第1に遺伝子は特定の人格的特性に約50パーセントしか関与していないことがわかっている。つまりある特色について遺伝子で説明がつくのはせいぜい半分だということだ。それぞれの特性の半分であって,人格全体の半分でないことに注意してほしい。特性によっては遺伝的影響が50パーセントよりずっと少なく,しばしば測定不可能だ。内向性はおそらく遺伝的影響が最も強い特性だ。極端に引っ込み思案で内向的な子どもの多くが不安の強い暗い気質の大人になる一方で,うまくやっていける人もいる。後者のグループでは遺伝的影響が一時的なものにすぎなかったのだろうか,それとも遺伝的傾向が押しつぶされたのだろうか。極端な内向性が幼い子どものうちから目につくとき,家族の理解と励ましによってその子をある程度,外向的にすることができるという事実から,その子が心理的にどんな人になるかは遺伝子によって全面的に定められているわけではないことがわかる。人生経験が学習や記憶の形をとって,どの人の遺伝子型がどのように表現されるかを決めていく。遺伝子が行動を決定すると熱心に主張する研究者たちでさえ,遺伝子と環境の相互作用が特性の表現型を形成することを認めている。問題は双方が寄与しているのかどうかではなく,それぞれがどの程度寄与しているかということだ。
人格の永続性への遺伝子の関与に付される第2の但し書きは,人が常にいわゆる性格特性に従っているわけではないと立証した研究に由来する。たとえば職場の社会的集団内では引っ込み思案な人が家庭では暴君だったりする。実際,心理学者による検証でも,人がさまざまな異なる状況で一貫した行動をとるという説を裏づける結果は出ていない。このような知見にヒントを得たウォルター・ミッシェルは,行動と精神状態は生得的な要素に支配されるのではなく,状況によって定まると主張する。ミッシェルの主張によれば,特定の環境条件のセットに対するその人の思考・動機・情動がわかれば,そのような環境ではどのような行動をとるか予測できる。彼はそれを「もし……ならば関係」と呼ぶ。あなたが「もし」状況Aにいる「ならば」,Xをおこなう。しかし,「もし」状況Bにいる「ならば」Yをおこなう。ミッシェルによると,人には永続的な性格特性はなく,いくつかの永続的な「もし……ならば」態度セットがあるのだという。
心理学における両極端の意見がたいていそうであるように,状況理論と特性理論も双方にいくばくかの真実がある。ある特性について遺伝子の寄与が大きければ大きいほど,その特質は異なる状況でも一様な現れ方をしやすい。一方,状況によって私たちの行動への影響力が違う。赤信号だとほとんどの人が止まる。ふだん攻撃的か臆病かということとは関係がない。だが黄信号の場合は攻撃性とか臆病さなどの傾向が表に出てきやすくなる。
ジョゼフ・ルドゥー 森 憲作(監訳) (2004). シナプスが人格をつくる:脳細胞から自己の総体へ みすず書房 pp.44-46
(LeDoux, J. (2002). Synaptic Self: How Our Brains Become Who We Are. New York: Viking Penguin.)
PR