キングス・カレッジ病院の精神科医であるサイモン・ウェセリー教授によると,PTSDと診断された元軍人の多くは,フラッシュバック(無意識のうちに,過去の記憶がきわめてリアルに思い出されること)などの症状を訴えている。実を言えば,それは新しい医学的現象で,第一次世界大戦後の時代にはまだ知られていなかったし,当然ながら,そんな症状を報告する人はひとりもいなかった。したがって,それを報告する人が出てきたのは,フラッシュバックを描いたテレビや映画のせいではないか,と疑う識者もいる。ある心理実験(被験者の家族に「子どもの頃ショッピングモールで迷子になった」という嘘の証言をしてもらうことで,被験者に嘘の記憶を埋めこむことに成功した)は,トラウマになるような子ども時代の記憶が,たとえ偽りであっても,容易に多くの人に埋め込まれることを示した。その影響されやすい人々は,真実を告げられても,信じようとしないのだ。
このことは,現実の記憶と,でっちあげられたトラウマの記憶を区別することがいかに難しいかを示している。原因が何であれ,それが現実なのだ。
ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.163
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