13〜14世紀の,男性がたくましく,比較的背が高かった時代,平均的なイギリス人の食糧の大半は穀物だった。6種類の穀物(小麦,ライ麦,大麦,トウモロコシ,オート麦,キビ)が摂取カロリーの75パーセントを占めていたのだ。これを毎日大きなパンにして,濃いスープ(ポタージュ)と一緒に食べていた。そしてこれを飲み込むのを助けつつ,喉の渇きを癒やしたのは,1ガロン(約3.8リットル)の——幸運にも聖職者であれば,もっと多くの——弱いエール(ビールの一種)だった。他には,小さな庭で育てた豆や果物や野菜を食べるくらいで,魚は金曜日と,四旬節(復活祭の46日前の水曜から復活祭の前日まで)の間だけ食べていた。肉はめったに口にできないごちそうで,日常的に食べるのは金持ちだけだった。さらに,そんな時代にも食事の「権威」がいて,サラダと冷肉のように異なる食べ物を一緒に食べてはいけない,間違った順序で食べてはいけない,とあれこれ指導した。「豆を最後に食べてはならない。体液の構成がおかしくなり,腸内が腐敗するからだ」
ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.217-218
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