「ニューロン戦争」初期のあまり知られていない兵士の一人に若き日のジークムント・フロイトがいる。ウィーンで医学の訓練を終えたのち,フロイトは助手(研究者)の地位を得,魚とザリガニの神経系を研究した。ニューロン説が書かれるずっと前の1883年に,フロイトは早くも1つ1つの神経細胞は物理的に別べつになっているという考えを育んでいた。この概念はのちに,彼が心理学理論に足を踏み出した最も早い時期の論文に顕著に現れる。1895年に書かれたが,その後何十年も発表されなかった『科学的心理学草稿』で,フロイトは次のように述べている。「神経系はそれぞれ同じような構造をもつ別個のニューロンから成っている。(中略)ニューロンはもう1つのニューロンと接するところで終わる」。フロイトはニューロンどうしが境を接するところを指すのに「接触境界」という言葉を導入した。そして,ニューロンどうしが接触境界を越えておこなう相互作用によって,記憶,意識,その他の心の働きが可能になるのではないかと示唆した。これらの考え方は当時としては非常に進んだものだったが,フロイトは脳研究の進む速度が遅すぎると感じ,神経理論から心を研究する道を捨て,純粋に心理学的研究に向かった。そのあとの彼の軌跡は広く知られているとおりである。
ジョゼフ・ルドゥー 森 憲作(監訳) (2004). シナプスが人格をつくる:脳細胞から自己の総体へ みすず書房 p.59
(LeDoux, J. (2002). Synaptic Self: How Our Brains Become Who We Are. New York: Viking Penguin.)
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