最初に議論の共通の前提である,表現の自由の意義について確認しよう。表現の自由は,日本国憲法の保障する様々な自由の中で,もっとも重要なものの1つとして位置づけられている(優越的地位)。それは,表現の自由の保障が,「自己実現」と「自己統治」に不可欠だと考えられているからである。
つまり,人間は誰しも,自己の意見を形成し他者に伝え,他者の意見にも触れて,自己の意見を再形成する過程で,その人格を形成していく。このような個人の人格の実現のための過程に着目するのが,表現の自由の「自己実現」における価値である。
また,独裁を否定して平等を建前とし,社会の構成員らが協議して統治する民主主義社会の実現には,政治に関するあらゆる情報が社会全体に流通し,誰もが政治に関する自己の意見を主張できる自由,とりわけ権力に対する批判的な見解を述べる自由が不可欠である。このような民主主義の過程に着目するのが,表現の自由の「自己統治」における価値である。
これら表現の自由の「自己実現」と「自己統治」における異議は,現在の世界の共通認識といってよい。
師岡康子 (2013). ヘイト・スピーチとは何か 岩波書店 pp.146-147
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