早期の胚は感覚系をもたないので外部環境から直接的な知覚情報を得ることはほとんどない。しかし,発達の最も早い段階でさえ,遺伝子は完全に外界から独立して働くわけではない。胚の化学的環境は必然的に母体の化学的環境と直接接触している。胚は脳と身体の発達に必要なタンパク質を形成するアミノ酸を自分自身でつくることができず,母体からもらわなければいけない。母体は自分が食べるものからそれを得る。母の食べるものが胚にとって望ましくないものの源になることもある。食物に含まれる毒素や食品添加物などだ。望ましくないものをもたらしかねない点では,母の吸う空気,(医療目的ならびに快楽目的での)薬,煙草なども同じだ。母の感じるストレスのレベルがホルモンの状態に影響し,それが胚に影響を与えることもある。また母体が感染と闘うためにつくる抗体も胚に影響することがある。脳の特色は遺伝子による設計図で決められている(そのおかげですべてのヒトの脳がほぼ同じような形態と機能をもっている)が,計画どおりに仕上がるには,ニューロンが発達するための一定の杯内化学環境が必要だ。遺伝子と胚の化学環境の相互作用がかき乱されると,脳の正常な発達もかき乱される。遺伝と環境はいちばん最初から相互に作用しているのだ。
ジョゼフ・ルドゥー 森 憲作(監訳) (2004). シナプスが人格をつくる:脳細胞から自己の総体へ みすず書房 pp.99-100
(LeDoux, J. (2002). Synaptic Self: How Our Brains Become Who We Are. New York: Viking Penguin.)
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