すでにのべたような分析的方法をとる当時の実験心理学者たちは,知能を測定するのに,「反射の速さ」「記憶の幅」「注意の持続範囲」などといった項目をたくさんつくって,これらを別々に測定し,その測定結果を並べたてて,一覧表をつくっていた。だが,これらを共通尺度であらわすことができなかったので,互いにどのように比較し,これらをどう処理すればいいか,まったく見当がつかないでいた。このとき,ビネーは,「テスト・バッテリー」(テストの組み合わせ)というまったく新しいアイディアを提出した。つまり,ありとあらゆる異質な種類の問題から成るテストをつくったのである。
これは当時のテストの常識からいえば,思いもよらないものであった。要素主義の立場をとる実験心理学者の眼には,ビネーの知能テストが,ガラクタの寄せ集めとしてしか映らなかった。だが,ビネーにいわせれば,知能とは「傾向の束」であり,ダイナミックな全体をなしている。だから,知能はあらゆる心理現象の中に浸透しているのであって,これを要素的なはたらきの中にだけ求めるのは,まちがっている。そこで,ビネーは,高等精神作用そのものをとらえようとした。高等精神作用とは,「良識,実用的感覚,率先力,順応力,判断力,理解力,推理力」などの全体である。だから,これらをとらえるテストは,当然,多様性をそなえていなければならない。どんなテストも,純粋に記憶力だけを,または論理力だけを調べようというようなものはありえず,テストの結果には,個人のもつ全傾向の合力が表現されている。だから,できるだけ多方面から,知能を追求していくことが必要だというのである。
もちろん,テスト問題の多様性が,そのまま知能の多様性に対応しているとは限らない。しかし,少なくとも,多様な知能を尺度化する上では,それは必要条件なのだ。ビネーが異質な種類のテスト問題を,試行錯誤的に寄せ集めたとしても,決して盲目的な混合ではなく,彼の知能理論の必然的帰着にすぎなかったのだった。
滝沢武久 (1971). 知能指数 中央公論社 pp.35-36
PR